『ヴェニスの商人』(ウィリアム・シェイクスピア)

やはりこっちが先になってしまった。


私の日記を読んでいる方はいい加減この人の名前を聞き飽きていると思うが、私がシェイクスピアなんぞを読もうと思ったのは山形浩生が原因だ。山形浩生は、教養というものを一定程度信頼していて、それは更に言えば西洋的教養なんであり(というのも、善し悪しの問題ではなくそれは世界的な浸透度合いという観点から)、そういうものを学ぶことで価値の判断基準が形成されるという内容のことが『新教養主義宣言』に書いてあった。それに納得した私は本作を読んだ。


山形浩生は、『不思議の国のアリス』をよく知っているだけで、西洋文化に関する理解が深まるとすら書いていた。そう。確かに、映画『マトリックス』の冒頭でコンピュータのディスプレイには"Follow the white rabbit"という文句がタイプされて、ネオはウサギのタトゥーの女の後を追ってトリニティのいるクラブに行くのだった。


ディカプリオの映画『ロミオ&ジュリエット』も、その元ネタを知っていれば台詞の一つ一つに深みが増すだろうとも山形浩生は言っていた。


その助走として、私は本書を読んでみようかなと思ったわけだ。『ロミオとジュリエット』は悲劇なので、喜劇である本作に手を付けた。


って前置きが長いよね。でもこれは書いておきたかったんですよ。なぜか。


お話は。莫大な遺産を相続した超美人の娘さんと結婚したいがカネはない、というもうかなりアレな友人のために、ヴェニスの若き商人アントーニオーは、自分の胸の肉1ポンドを担保に悪徳ユダヤ人高利貸しシャイロックから借金するが、アントーニオーは自分の商船が全て難破して文無しになってしまい…というもの。


まず驚くのは、冒頭の人物紹介のところだ。シャイロックはこのように紹介されている。


ユダヤ人」


…いやいや。そこは「高利貸し」だとか、せめて「高利貸しのユダヤ人」と書いてあげてよ。私は新潮文庫版を読んだのだが、これは元々シェイクスピアの書いた本にもそのように紹介されていたのかな。そういう気がするな。それほどこの戯曲における「ユダヤ人」てのは重要だ。


どうでもいいことですが、シャイロックと聞くとなぜかケン・シャムロックという格闘家のことを思い出してしまいます。


皆さんもぼんやりとはご存知でしょうが、ユダヤ人ってのは利子を取って金を貸していて、そんでその利子を取るという行為はキリスト教では許されてなかったのでシャイロックは卑劣漢の守銭奴だって設定なんですね。でもって、アントーニオーがすってんてんになって、いよいよ裁判になるんですよ。


親友はアントーニオーの助力の甲斐あってお嬢さんと結婚して、しかも借金返済の工面もして裁判に臨むものの、シャイロックは頑として「肉をよこせ」と譲らない。そこで、凄いウルトラCが炸裂して、更にもう一回ハラハラがあって、大団円。そういうことです。


解説を読んで初めて知ったのですが、シェイクスピアって、芥川龍之介の「王朝もの」みたいに種本というか下敷きとなる話を元にいくつも作品を書いたらしいんですよ。無学をさらしているな。だからというか、もう、シャイロックはベタな悪役ですわ。


誰ぐらいベタかと言えば、うーん。フリーザ様くらいかな?嫌味も凄えから、DIOも足しておきますか。いや、ちょっと違うな。『北斗の拳』のジャギとかアミバかな。


だので、別にユダヤ人のことをイジろうとしてたわけじゃないと思いますよ、シェイクスピアは。単に悪役にピッタリだったからですね。


際立つのはシャイロックの悪ぶりだけではない。アントーニオーの「いい奴ぶり」も常軌を逸してます。台詞を引用しましょう。


「遠慮はいらない、バサーニオー、すっかり話してくれ。もしその話が、いや、きみのことだ、そうに決まっているが、名誉に傷がつくことでないなら、安心するがいい、ぼくの財布も身柄も、ぼくに出来ることならなんでも、お望みとあらば、すべては御意のままだ。」


「きみはぼくという男をよく知っているはずだ。それなら、ぼくの友情を遠巻きに攻めたてるような暇つぶしはやめにしてくれ。言語道断だよ、きみにたいするぼくの好意を秤にかけるなどとは。ぼくの全財産を使いはたすより、もっと悪い。だから、まっすぐ言ってくれ、ぼくはどうしたらいいのか、ぼくに出来そうだと思うことを、なんなりと言ったらいい。ぼくはそれを喜んでするよ。さあ、言ってくれ。」


どうだろうか?これ、おかしいでしょ?


私ならどんなに親友が困っていたとしても、「借金のかたに胸の肉1ポンドをとるようなヤクザがいるんだけど、君の胸の肉を担保にカネ借りてくれないか?」と言われて「よっしゃあー!お安い御用だぜい!」ってな感じにはならないけどねえ。


裁判の切り抜けもウルトラCだが、その後の一波乱もハラハラで面白かったですよ。これから読み始めて正解だったかも。


あと、個人的にはどっかで目にしたことがあった


「この世は(中略)つまり舞台だ、誰も彼もそこでは一役演じなければならない」


という台詞を読めたのが嬉しかった。です。はい。


主観的面白さ;★★★★/5